お茶に出会ったのは、高校2年生のときでした。
当時、運動部のマネージャーをしていたのですが、仲良しのお友達が茶道部に入っていて
ちょっとお試しで行ってみることに。
お茶と一緒に楽しめる和菓子目当てだったともいいますが・・・。
今考えると、茶道の世界は当時の私にとって「異文化」でした。
帛紗のさばき方に始まり、お菓子・お茶のいただき方、ひとつひとつの動作の意味。
先生から聞くものすべてが新鮮で、驚くことばかりでした。
それでも、高校卒業と共にお茶から離れ、大学・社会人とすっかりお茶とは無縁の生活を
していました。
それが、オーストラリアに赴任したとき、再びお茶に出会うことになりました。
英語も話せず、着物も自分で着られず、お茶もお花もできない。
コトバはよくないのですが、私は自分のことを「三重苦」だと思っていました。
異国の地で英語はともかく、(英語もコミュニケーションをとる上ではかなり、それも
かなり重要なものではありますが)「日本の文化をしらない」というのはちょっと恥ずか
しい気がしました。
周りを見渡すと、海外生活を数多くこなしてきた奥様方ばかり・・・。
経験もものを言いますが、みなさんそれぞれが努力をしておられました。
そして、いつでも助けてくださいました。
着物を着るパーティーの前には、自宅を開放して着付け教室を開いてくれた奥様も
いらっしゃいました。着付け練習用の着物を貸してあげるわよ〜と言ってくれた奥様も
いらっしゃいました。
私もみなさんの助けを借りつつ、息子を寝かしつけた後、夜な夜な着付けの練習をしたり
していました。
そんな着物を着たパーティーで出会ったのが、お茶でした。
裏で点て出ししたお茶をお客様に運ぶお手伝いをして、またお茶を始めたくなりました。
月に2回、日曜の午前中、パパに息子をみてもらい、私はお茶のお稽古へ。
大学にある和室、もちろんそれもお茶室用に作ったものではないので、ふすまの位置も
床の間の位置もお稽古をするには不便なところもありましたが、みんなで「あーじゃない、
こーじゃない」といいながらお稽古するのはとても楽しい時間でした。
驚いたのは、参加していたオーストラリア人の女の子の学生さんが、よく手作りの和菓子を
作ってきてくれたことです。彼女はお点前にも詳しく、教わることも多くありました。
何事にもおおらかなオーストラリアのお国柄で、日本の茶道はとても繊細で、緻密に
そしてとても美しく思えました。
「日本人」を改めて実感したところもあります。
それは、海外で生活したからこそ分かったことでもありました。
オーストラリアで再びであったお茶、帰国した今も続けています。
毎回、いろいろなお手前を教えていただきますが、お手前をしている間の、短い間ですが
そのことだけに集中した時間がとても心地よく感じます。
茶道は、お茶だけでなくお花、お香、お道具、などなど総合芸術と言われています。
知れば知るほど奥が深く、遠い存在に感じることもありますが、ゴールが遠い分、長く続け
ていくにはいいのかなあと思ったりもします。
今日もお稽古です。先週の復習をして楽しんでこようと思います。
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